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2008年6月 1日 (日)

熊野④ 熊野と「命の森」

世界遺産の熊野古道や神社仏閣の他にも、豊かな海の幸、山の幸。源泉架け流しの温泉など、熊野の魅力は語りつくせないが、今回の旅で私が一番印象深かったのは「大斎原」(おおゆのはら)だ。

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大斎原の鳥居

かつて熊野本宮大社は、熊野川、音無川、岩田川の3つの川の合流点にある「大斎原」という中州にあった。
1万1千坪の境内に5棟12社の社殿があり、江戸時代までは橋が架けられておらず、参詣者は川に足を踏み入れ、身と心を清めてからでなければ参拝する事は出来なかったという。
熊野の3つの神社は、個別の自然崇拝に起源を持ち、熊野本宮大社は、山(森)だと言われている。
神武天皇が海から熊野に入り、光輝く那智の滝を神として奉ったというから、熊野本宮大社は少なくとも千数百年以上前から、もしかしたら紀元前からそこにあったのかも知れない。
川の中州に建物など、現代人の感覚では信じられない事だが、かつてこの辺りには広葉樹の森が拡がり、森が水を貯え、天然のダムになっていたのだろう。
明治の近代化と共に森林は伐採され、杉が植えられ、今ではダムが出来て、川の水量も減ってしまった。
私が想像する熊野の森は、宮崎駿監督の映画「もののけ姫」の森だ。うっそうとした森に囲まれた川の中州に、神社はあった。

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大斎原のある熊野川

人々が自然を神と崇め、森を守り、共に暮した時代には、神社は中州に存在できた。120年前に起きた大洪水で流されてしまった神様のお社(やしろ)。。。
もしかしたらこの神社は、人々の心を映すバロメーターになっていたのではないだろうか。
森の神様は、その為に「中州」に住んでいらっしゃったのかも知れない。
今では、大斎原は陸地と地続きになり、田んぼに囲まれた場所になっており、高台に建てられた熊野本宮大社に人々は参拝して、訪れる人も少なく、神様は淋しい思いをしているに違いない。

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昔の捕鯨船

帰りに通った南部の海沿いの道は、急峻な崖と海に挟まれていた。海にはサンゴがあり、崖の侵食を防いできたのだと思う。
陸の森、海の森が人々の生活を支えてきた。

この7月12日から明治神宮の森で開催される、沖縄の版画家名嘉睦稔さんの展覧会「命の森」の言葉が思い浮かんだ。

光が満ち溢れるこの道を大事にしなければいけません。

陸の森と海の森は、私達全生命の生存を保証しているのですから。。

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コメント

ブログ開設おめでとう!shine
遅まきながら初書き込みです。

熊野詣で一気に読ませて頂きました。
伊勢神宮と共に一度は訪れて見たい場所です。
ゆっくりと・じっくりとちゃんと見ながら・感じながら歩きたい・・・。

何時か・何時か・・・です。

これからも楽しみに読ませて頂きますね。scissors

寅さん
ようこそいらっしゃいませ~japanesetea
夫は余り休みがとれないのでツアーにしようか迷いましたが、フリーにして良かったです。
夫婦杉(めおとすぎ)の所で老夫婦にお会いしたのですが、「数年前にツアーで来たのだけれど、どこをどう歩いたのか…??」「もう一度じっくり歩きたくて来たんですよ。」と仰ってました。
神様の声に耳を傾けるのには、ゆっくり、じっくりが必要ですよね。
こういう場所がしっくりくるお年頃になりましたwink
又、いらして下さいネ。コメント有難うございます。

光が満ち溢れるこの道を大事にしなければいけません。

陸の森と海の森は、私達全生命の生存を保証しているのですから。。

納得の言葉ですね。

気づかずに過ぎてしまう事の方が多いのでは・・

自然はいつも隣にいるのですが人は便利さを追求してその存在を忘れてしまっているのでしょうかね。。

でも中洲の神様は気になりますね。。

あらら、
言いたいことはすべてunoさんが書いてくれました!

生かしてもらってることに感謝です。

Unoさん
>自然はいつも隣にいるのですが人は便利さを追求してその存在を忘れて
>しまっているのでしょうかね。。
ホント、そうですよね。
倉本聡さんが、上流(森)が存在して下流(都会)の生活が成り立っているのに、現代人はその事を忘れていると仰っていました。
熊野は、昔の人達がしたように古道を歩き、人と神様の接点を考えることに意味があるような気がしました。
そして、明治神宮の森は、森の大切さを都会の人々が知る為にもとても大切な役割を果たしているのかも知れないと思いました。

koikeさん
森や自然に生かしてもらっている事に感謝する。。。
そういう気持、忘れてました。
古代から神様と崇められている那智の滝を眺めていて、昔の人達が見る目と私達の目では、違うのだろうと思いました。
昔の人達はダムを作るなどという発想はなかったでしょうから、神様の声を聞きながら、自然が怒らないように畏敬の念でおまつりしたのでしょうね。「命の森」展の成功を、熊野の神様にお祈りしてきました。

ボクネンさんの言葉も、倉本聡さんの言葉も身に沁み入りますね。

120年前まで中州に社があったってこともびっくりしました。

その復興したあと、中州が地続きになったんですかね?洪水で地続きになったのでしょうかね?

ざぶんさん
中州の地続き、そう言えば、なぜなんでしょう??coldsweats01
ダムが出来て、水量が減った事も関係あるのかも知れませんね。
苦労しなくても参拝出来るという事が、神様と人間の距離を逆に遠ざけてしまったような気もします。

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